不妊治療の一つである体外受精では、採卵した受精卵を子宮内膜に戻す移植のタイミングが非常に重要となります。移植に適した内膜を作る方法として近年広く用いられているのがホルモン補充周期です。自然な排卵を利用する「自然周期」や卵巣刺激を行う「刺激周期」に対して、ホルモン補充周期は外からエストロゲンとプロゲステロンを投与して排卵を抑えつつ内膜を整える方法です。検索結果でも「ホルモン補充周期とはエストラジオールやプロゲステロンのホルモン薬を使用し、受精卵が着床しやすくなるように子宮内膜を整えてから移植を行う周期である」と紹介されており、この方法の特徴や利点について詳しく解説します。
ホルモン補充周期の基本概念
ホルモン補充周期(HRT周期)は、女性自身の排卵やホルモン分泌を抑制し、外部からホルモンを補充することで子宮内膜の環境をコントロールする治療法です。具体的には、低容量のエストロゲン(エストラジオール)製剤で内膜を厚くし、その後プロゲステロン製剤を追加して着床が可能な状態にします。自然な排卵が起こらないようGnRHアゴニストやピルで下垂体を抑制する場合もあります。内膜が十分な厚さになった時点で凍結胚や受精卵を融解・移植します。この方法では排卵を待つ必要がなく、内膜の状態と移植のタイミングを高精度にコントロールできる点が特徴です。
使用される主な薬剤
- エストロゲン補充薬: エストラジオール錠・貼付剤を1日1〜3回投与し、内膜を増殖させる。投与開始日から内膜厚を測定し、目安として7〜10mm以上の厚みになったら次の段階へ移行する。
- プロゲステロン補充薬: 膣坐薬・経口薬・注射剤などで、エストロゲン投与後に追加。着床に必要な分泌期の内膜を再現する。
- GnRHアゴニスト/低用量ピル: 自然な排卵を抑えるために、月経開始前から投与する場合がある。排卵が起こると自分の黄体ホルモンが分泌されタイミングがずれるため、ホルモン補充周期では排卵抑制が重要となる。
これらのホルモン薬は月経開始後の早い段階から順次増量しながら投与し、内膜の厚さやホルモン値をモニタリングしつつ調整します。エストロゲン補充を開始してからおよそ2〜3週間後に胚移植の準備が整います。
ホルモン補充周期の進行スケジュール
- 月経開始〜基礎ホルモン測定:月経初日に来院し、血中のホルモン値やエコーで卵巣を確認します。ホルモン補充周期では採卵は行わないため、卵胞の数よりも内膜の状態を重視します。
- エストロゲン投与開始:月経2〜3日目からエストロゲン製剤を服用・貼付し、内膜を増殖させます。定期的に超音波検査で内膜の厚さを確認します。
- 排卵抑制の確認:自然排卵が起こっていないか血液検査や尿検査で確認します。必要に応じてGnRHアゴニストやピルを併用します。
- プロゲステロン投与開始:内膜の厚さが移植に適した厚さ(7〜10mm)に達したら、プロゲステロン製剤の投与を始めます。プロゲステロン開始から5日目以降に凍結胚を融解して移植します。実際に移植する胚の発育日数(Day3、Day5など)に合わせてプロゲステロン投与日を調整します。
- 胚移植・黄体補充:適切なタイミングで胚移植を行います。その後もプロゲステロンとエストロゲンを継続投与し、着床を支えるための黄体補充を続けます。妊娠判定は移植後10〜14日目に血中hCG値で確認します。
この流れにより、自然周期のように排卵日を予測したり採卵と移植を調整したりする必要がないため、仕事やライフスタイルに合わせて計画的に移植日を設定しやすくなります。

ホルモン補充周期のメリット
1. 内膜状態の安定と高い管理性
エストロゲンとプロゲステロンを外部から補充することで、子宮内膜の厚さや状態を安定的に整えられます。自然周期では排卵やホルモン分泌に個人差があり、内膜が思うように厚くならないことがありますが、ホルモン補充周期では内膜を10mm前後にまで増殖させることが可能です。これは着床率向上に寄与すると考えられています。
2. 移植日程の柔軟性
自分の排卵に左右されないため、移植日を医師と相談の上計画できます。仕事や遠方からの受診などで忙しい人でもスケジュールを調整しやすいのが利点です。自然周期や刺激周期では採卵・移植日程が急に決まることもありますが、ホルモン補充周期ではあらかじめ移植日を設定できるため心身の準備がしやすいです。
3. 通院回数が少ない
排卵や卵胞の成長を頻繁にチェックする必要がないため、超音波検査や血液検査の通院回数を抑えられます。特に採卵を伴わない凍結胚移植では、内膜チェックのための数回の通院で済むことが多いです。
4. 排卵障害や周期不規則な人に適用可能
自然周期で内膜が育ちにくい人や排卵障害・無月経などの女性でも、ホルモン補充により内膜調整ができるため移植機会を得られます。また、年齢が高く自然排卵のタイミングが一定しない場合も、ホルモン補充により確実に移植日程を設定できます。
5. OHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクがない
採卵を行わず内膜だけを調整するため、HMG刺激やhCGトリガーによる卵巣刺激が無く、OHSSのリスクがありません。卵巣に負担をかけず安全に移植に進める点は大きな利点です。
ホルモン補充周期のデメリット
1. 投薬による副作用や負担
エストロゲンやプロゲステロンの長期投与による頭痛、吐き気、むくみ、乳房の張りなどの副作用を感じることがあります。また、貼付剤の貼り替えや膣坐薬の使用など、日常的な投薬管理が必要です。
2. 黄体ホルモンの自然分泌がない
排卵を抑制しているため、体内で黄体ホルモンを分泌する黄体が形成されません。そのため、着床後もしばらくはプロゲステロンやエストロゲンを補充し続ける必要があり、薬をやめるタイミングは医師の指示を厳守しなければなりません。
3. 費用面
保険外治療の場合、ホルモン剤の投与が長期にわたるため薬剤費や診察費が増加する場合があります。ただし通院回数が少ないためトータルコストは自然周期と大きく変わらないケースもあります。
4. 妊娠率に大きな差はないが個体差あり
自然周期と比べて妊娠率が大きく向上するわけではなく、施設によっては同程度またはやや低いと報告されることもあります。検索結果では「妊娠率の差はほとんどない」「自然周期と比較して若干低いものの移植回数が増えることで累積妊娠率は同等」という記載も見受けられます。内膜の質や胚の状態、患者の年齢など様々な因子が関与するため個別に判断が必要です。
5. ホルモン剤が使えない症例では実施不可
血栓症リスクが高い人や重度の肝疾患など、エストロゲン製剤を使用できない場合にはホルモン補充周期は選択できません。その場合は自然周期や低刺激周期で対応するか、別の治療法を検討します。
自然周期との比較
自然周期では、自分の卵巣から排卵された卵を凍結保存せずに移植するか、既に凍結してある胚を排卵のタイミングに合わせて戻します。そのため排卵予測や黄体形成前のホルモン変化のモニタリングが必須で、採血や超音波検査を頻繁に行います。以下に両者の違いをまとめます。
| 項目 | 自然周期 | ホルモン補充周期 |
|---|---|---|
| 排卵 | 自分の排卵を利用 | 排卵を抑制して内膜のみ調整 |
| 移植タイミング | 排卵日〜排卵後3〜5日 | ホルモン投与日数で自由に設定 |
| 通院回数 | 頻繁なモニタリングが必要 | 内膜チェックのみ数回 |
| 妊娠率 | 内膜が自然に整っている分高いとの報告もある | 自然周期と同等またはやや低いが調節可能 |
| 対象患者 | 月経周期が規則的で排卵がある人 | 排卵障害、不規則周期、日程調整が必要な人 |
| 薬剤 | 排卵誘発や着床後の黄体補充程度 | エストロゲン・プロゲステロンを長期補充 |
自然周期は薬剤負担が少なく内膜の生理的な状態を保ちやすい反面、排卵日のずれや黄体機能不全が起こると移植時期を逃すリスクがあり、計画的な移植が難しい場合があります。一方、ホルモン補充周期はスケジュール調整や排卵障害への対応に優れていますが、薬剤負担や費用が増える点は注意が必要です。
妊娠率・出産率
ホルモン補充周期での妊娠率は施設や患者背景により異なりますが、一般に凍結胚移植全体の妊娠率に近い値(30〜40%程度)と報告されています。検索結果でも「ホルモン補充周期と自然周期で妊娠率に大きな差はなく、メリットは日程調整や通院回数の少なさにある」と述べられています。
ホルモン補充周期の成功要因
- 胚の質:胚の染色体異常がなければ妊娠率が高まります。最近ではPGT-A(着床前染色体検査)を実施し、正常胚を選んで移植するケースもあります。
- 内膜の厚さと質:エストロゲン補充で十分な厚さを確保し、血流を良くすることが重要です。内膜が薄い場合は投与量を増やす、アスピリンやビタミンEを併用するなど工夫します。
- ホルモンバランスのモニタリング:定期的な血液検査でE2値・P4値を確認し、目標値に達しているかを確認します。低すぎる場合は増量や注射剤への切り替えを検討します。
適応となる患者
- 排卵障害や無排卵症:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)など排卵がうまく起こらない人に適しています。
- 周期が不規則な人:月経周期が乱れて自然周期で移植日程を合わせにくい場合、ホルモン補充で安定させることができます。
- 仕事や生活の都合で日程調整が必要な人:移植日を計画的に設定したい人には適しています。
- 内膜が薄い症例:自然周期で内膜が十分に厚くならない人に対して、エストロゲン補充で内膜を改善することがあります。
ホルモン補充周期中の注意点と生活指導
- 投薬の服用・貼付スケジュールを守る:エストロゲンやプロゲステロンは決まった時間に投与することでホルモン環境を安定させます。指示された時間通りの服用・貼り替えを厳守しましょう。
- 喫煙・飲酒の制限:血流を悪化させ内膜の受容能を低下させるため、禁煙・禁酒に努めます。
- 適度な運動とリラックス:血流改善に有効なウォーキングやヨガなどを取り入れ、ストレスを溜め込まないようにします。
- 水分と栄養バランス:十分な水分摂取とバランスの良い食事でホルモン代謝をサポートし、鉄分や亜鉛など着床に関わる栄養素も意識的に摂取します。
- 副作用への対応:乳房の張りやむくみ、軽い出血などが見られることがあります。気になる症状があれば速やかに医師に相談してください。
最近の研究と今後の展望
ホルモン補充周期は、凍結胚移植が普及したことに伴い、世界的に主流となりつつあります。日本の生殖医療学会でも、自然周期・低刺激周期・ホルモン補充周期の選択は患者の状態やライフスタイルに合わせて柔軟に行うべきだとされています。欧米ではHRT周期と自然周期の妊娠率や流産率を比較する研究がいくつも報告されており、現在までのところ大きな優労劣は認められていません。ただし、ホルモン補充周期ではエストロゲンやプロゲステロン投与が母体に及ぼす長期的な影響や、子への影響についてさらなる研究が必要とされています。
また、内膜受容能を向上させるためのさまざまな補助療法が試験されています。例として、PRP療法(血小板を濃縮した血液の子宮腔内注入)や成長因子注入など、内膜の薄さに対処する新たなアプローチが注目されています。今後はホルモン補充周期とこれら補助療法の併用による妊娠率改善の研究が進むと期待されます。
まとめ
ホルモン補充周期は、エストロゲンとプロゲステロンを補充することで子宮内膜の環境を人工的に整え、着床に適した状態を作り出す治療法です。排卵を抑制するため移植日程が自由に設定でき、排卵障害や周期不規則な患者でも凍結胚移植を可能にするメリットがあります。一方、薬剤負担や費用、副作用などのデメリットも存在し、妊娠率は自然周期と大きな差がないとの報告も多い。どの周期を選択するかは患者の状況や希望に基づき、医師と相談して決めることが重要です。最新の研究では内膜受容能改善のための補助療法が検討されており、ホルモン補充周期の進化が期待されています。
