卵巣刺激法・排卵誘発法・アンタゴニスト法とは?

はじめに

近年、不妊治療を受ける患者が増え、さまざまな治療方法が用いられるようになりました。そのなかでも、卵巣を薬で刺激して複数の卵胞を発育させる卵巣刺激法(らんそうしげきほう)、排卵しにくい女性に排卵を起こさせる排卵誘発法(はいらんゆうはつほう)、そして体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)で主流となっているGnRHアンタゴニスト法(GnRH antagonist protocol)は、多くの患者に適用されている重要な治療法です。この記事では各方法の特徴やメリット・デメリット、適応条件などを総合的に整理し、これから治療を検討する人の指針となるよう解説します。

卵巣刺激法とは

卵巣刺激の目的

卵巣刺激法は、体外受精や顕微授精などの補助生殖技術(ART)を行う際に用いられる治療法で、複数の成熟卵を採取することを目的とします。自然周期では通常1個しか排卵しませんが、投与薬剤を調整することで2〜10個程度の卵胞を育て、多くの卵を採取し受精卵を複数得るために行います。卵子の数が多いほど胚移植のチャンスが増え、累積妊娠率が高まると報告されています。ただし卵巣を過度に刺激すると卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を引き起こす恐れがあるため、患者の年齢、AMH値、卵巣予備能などを考慮して刺激強度を決定します。

主な薬剤と投与法

卵巣刺激に使われる薬は、視床下部・下垂体・卵巣のホルモン軸を調整するものが中心です。

  1. ゴナドトロピン製剤(FSH製剤・hMG製剤):卵胞刺激ホルモン(FSH)や黄体形成ホルモン(LH)を含む注射薬で、卵胞の成長を直接促します。自然周期より多くの卵胞が成熟します。
  2. クエン酸クロミフェン:排卵誘発に広く使われる経口薬ですが、低〜中刺激の卵巣刺激にも併用されます。視床下部のエストロゲン受容体を遮断し、GnRH分泌を促してFSH分泌を増加させます。
  3. レトロゾール:アロマターゼ阻害薬でエストロゲンの産生を抑制し、クエン酸クロミフェンと同様にFSH分泌を増やします。乳がん術後患者にも使われる薬で、国内では排卵誘発薬としての承認はありませんが、海外では一般的です。
  4. GnRHアナログ(アゴニスト・アンタゴニスト):後述するアンタゴニスト法やロング法などで、下垂体のLHサージ(排卵を促す急激なLH上昇)を抑制する目的で用います。

卵巣刺激のプロトコル

卵巣刺激にはさまざまなプロトコルがあります。患者の卵巣予備能や年齢、過去の治療歴などに応じて選択されます。

1. ロング法(GnRHアゴニスト法)

月経周期の黄体期または低温期からGnRHアゴニスト(点鼻薬や注射)を投与して下垂体を抑制し、自然周期のLHサージを完全に止めた状態でゴナドトロピンを投与する方法です。卵胞発育を均一にコントロールしやすく、多数の卵子を採取しやすい一方で、治療期間が3〜4週間と長く、薬剤量が多いこと、OHSSのリスクがやや高いのが難点です。

2. ショート法

月経開始直後からGnRHアゴニストを使用してFSHとLHの「フレアアップ」(一時的な刺激)を利用して卵胞発育を促しながらゴナドトロピンを併用する方法です。卵巣予備能が低めの患者に用いられることが多く、ロング法より期間は短いものの卵子数がやや少なめになる傾向があります。

3. アンタゴニスト法(GnRHアンタゴニスト法)

後で詳述しますが、FSH製剤などで卵胞を発育させる最中にLHサージの兆しが出てきた時点でGnRHアンタゴニストを短期投与して排卵を抑制する方法です。治療期間が短く、副作用が少ないことが特徴です。

4. マイルド刺激・自然周期

クエン酸クロミフェンや低用量のFSHを使った軽い刺激法(マイルド刺激)や薬剤をほとんど使わない自然周期採卵もあります。卵の数は少ないですが、母体への負担が小さいこと、OHSSのリスクがほぼないことから、卵巣予備能が低い患者やOHSS既往のある患者に適しています。

卵巣刺激法のメリット・デメリット

  • メリット
    • 多数の成熟卵が得られるため、良好胚を確保しやすく、妊娠率・累積妊娠率が高まる。
    • 余剰胚を凍結保存することで、後周期に再度採卵せずに胚移植が可能。
    • 移植日程を計画的に調整でき、スケジュールが組みやすい。
  • デメリット
    • 高用量の注射薬が必要で身体負担が大きい。注射通院や自己注射が必要。
    • OHSSのリスクがある。特に若年女性や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)患者では注意が必要。
    • 高コストとなり、複数回の採卵には経済的負担が大きい。

排卵誘発法とは

排卵誘発の目的

排卵誘発法は、無排卵や稀排卵の女性に対して排卵を起こさせる治療法です。多嚢胞性卵巣症候群や高プロラクチン血症、体重変動などが原因で排卵が起こらない、または不規則である場合に用いられます。自然妊娠が目的の場合は1個の卵を、体外受精などで採卵数を増やしたい場合は2〜3個程度の卵を得るように薬剤の種類や用量を調整します。

主な薬剤

  1. クエン酸クロミフェン:最も一般的な排卵誘発薬です。視床下部のエストロゲン受容体に拮抗し、GnRHの分泌を促すことで下垂体からFSH・LHの分泌を増加させます。投与後5日程度で排卵が誘発されることが多く、多胎妊娠のリスクは比較的低いです。
  2. レトロゾール:アロマターゼ阻害薬でエストロゲン合成を抑え、間接的にFSHを増加させます。乳がん治療薬として開発されましたが、排卵誘発効果が報告され、海外ではPCOS患者に有効とされます。クロミフェンより子宮内膜への負荷が少ない点がメリットです。
  3. FSH/hMG注射:経口薬で排卵しない場合に用います。低用量から開始し、超音波で卵胞数や内膜厚を確認しながら用量を調整します。卵が複数発育しやすいため多胎妊娠のリスクがあります。
  4. HCG注射:排卵直前の卵胞にLH様作用を与え、排卵させるための薬です。単独では排卵誘発効果はありませんが、他の薬剤と組み合わせて排卵のタイミングを調整するのに使われます。
  5. ブロモクリプチン・カベルゴリン:高プロラクチン血症による無排卵患者に用いられるドパミン作動薬で、プロラクチンを下げることで排卵機能を回復させます。

排卵誘発法の適応とメリット・デメリット

適応:排卵障害のある女性(多嚢胞性卵巣症候群、痩せ型エストロゲン不足、甲状腺機能異常、高プロラクチン血症など)、軽度の男性不妊、原因不明不妊、人工授精(IUI)や体外受精の採卵数を少し増やしたい場合など。

  • メリット
    • 経口薬で治療できるものが多く、治療費が比較的安価で身体負担が小さい。
    • 自然妊娠を目指す場合に卵が1〜2個育つため、多胎妊娠のリスクを抑えつつ妊娠率を向上できる。
    • FSH注射を併用することで細かい調整が可能。
  • デメリット
    • 卵巣刺激法と比較して採取できる卵の数が少なく、妊娠率は低め。
    • 卵胞数を増やしすぎると多胎妊娠のリスクが高まり、用量調整が難しい。
    • クロミフェンは長期投与で子宮内膜を薄くし着床率を下げる可能性がある。

排卵誘発と卵巣刺激の違い

両者とも卵胞を育てるという点で共通していますが、目的や適応が異なります。

比較項目卵巣刺激法排卵誘発法
目的IVF/ICSIのために複数の卵を採取し良好胚を得る無排卵・稀排卵の患者に排卵させ自然妊娠や人工授精を目指す
薬剤FSH/hMG高用量、GnRHアナログなどクロミフェン、レトロゾール、FSH低用量など
卵胞数多数(2〜10個以上)1〜3個程度
治療期間約2〜3週間(アンタゴニスト法は1〜2週間)1周期あたり5〜10日程度
費用高額(数十万円の採卵費用)比較的安価(数千円〜数万円)
リスクOHSS、多胎妊娠多胎妊娠、子宮内膜への影響

GnRHアンタゴニスト法の概要

アンタゴニスト法は、卵巣刺激のためにゴナドトロピンを投与して複数の卵胞を発育させつつ、GnRHアンタゴニストを短期間使用して自然LHサージを抑える治療法です。GnRHアンタゴニストは下垂体のGnRH受容体に直接拮抗し、投与後即座にLH・FSHの分泌を抑制する作用があります。日本でも2000年代に導入され、現在はロング法に代わる標準プロトコルとして広く用いられています。

実施の流れ

  1. 月経2日目または3日目からFSH/hMG投与開始:患者の卵巣予備能に応じた用量のFSH製剤を毎日注射し、複数の卵胞を育てます。
  2. 卵胞径が14mm前後になった時点でGnRHアンタゴニスト投与開始:毎日1回、0.25mgの注射(セトロタイド®など)を続けます。アンタゴニスト投与によって、排卵を促す自然LHサージが起こらないようにします。
  3. 卵胞が成熟したらHCGまたはGnRHアゴニストで最終卵成熟誘起:卵胞径が18mm前後になったらHCG注射やGnRHアゴニスト点鼻で排卵を誘導し、36時間後に採卵を行います。アンタゴニストは採卵前日まで続けます。
  4. 採卵後は凍結胚移植を考慮:アンタゴニスト法は黄体機能が低下しやすいと言われており、凍結融解胚移植に切り替える施設もあります。新鮮胚移植の場合は黄体補充を併用します。

アンタゴニスト法の特徴と利点

  1. 治療期間が短い:GnRHアゴニストのように長期抑制する必要がなく、月経開始から採卵まで平均10〜12日程度で済みます。患者の身体的・精神的負担が軽減されます。
  2. OHSSのリスクが低い:HCGの代わりにGnRHアゴニストで最終卵成熟を誘起する「GnRHアゴニストトリガー」を採用すると、黄体刺激が弱まりOHSS発症率が大幅に減少します。特にPCOS患者や卵巣予備能が高い患者に有効です。
  3. 柔軟な治療日程:アンタゴニストは卵胞の発育状況を見ながら投与開始時期を決められるため、個々の周期に合わせて柔軟に調整可能です。直近の排卵のリスクが少ないので、採卵日も予測しやすいです。
  4. ホルモン負荷が少ない:アゴニストのような「flare up(初期の一過性LH・FSH上昇)」がないため、ホットフラッシュや頭痛などの副作用が軽減されます。
  • 注意点
    • ロング法に比べて採取できる卵子数がやや少ない傾向がある。特に高卵巣予備能の患者では差が小さいものの、極度の低反応患者では十分な数が得られないこともある。
    • スケジュールが柔軟な分、モニタリングが重要。排卵を抑えるタイミングを間違えると自然排卵してしまう可能性があり、超音波検査やホルモン測定を頻回に行う必要がある。
    • HCGトリガーを使う場合はOHSS予防策を併用する。

アンタゴニスト法の適応

  • 卵巣予備能が低〜中程度の患者。
  • ロング法で過剰反応したことがある患者やOHSSリスクが高い患者。
  • 過去の治療で長期の注射や点鼻が負担だった患者。
  • 治療期間を短くしたい、仕事の都合で通院日数を減らしたい患者。

卵巣刺激法・排卵誘発法を理解するためのQ&A

卵巣刺激法と排卵誘発法はどちらも卵胞を育てるのに使われますが、何が違うのですか?

両者の最大の違いは目的です。卵巣刺激法は体外受精や顕微授精で複数の卵を採取するための方法であり、多数の成熟卵を得ることが目的です。一方、排卵誘発法は排卵障害がある患者に1〜2個の卵胞を成長させて自然妊娠や人工授精を狙う方法です。また卵巣刺激法では高用量のホルモン注射を使うのに対し、排卵誘発法は経口薬や低用量のFSH注射を用いて身体の負担を抑えます。

GnRHアンタゴニスト法を選ぶメリットは何ですか?

アンタゴニスト法は治療期間が短く、ロング法に比べて注射回数が少ないため通院負担が軽い点がメリットです。また、GnRHアゴニストによる長期抑制で起こる更年期症状のような副作用がなく、OHSSのリスクが低いので安全性が高いとされています。卵巣予備能が高い患者やPCOS患者には特に適した方法です。

卵巣刺激法は費用が高いと聞きます。排卵誘発法から始めた方が良いのでしょうか?

費用面だけを考えると排卵誘発法が手頃ですが、患者の年齢や卵巣予備能、治療目標によって適切な方法は異なります。例えば30代後半以降や卵巣予備能が低い患者の場合、時間的余裕が少ないため卵巣刺激法で一度に多くの卵を採取し、胚凍結しておく方が妊娠に近づく可能性が高いです。反対に20代や30代前半で排卵障害による不妊が疑われる場合は、まず排卵誘発法から試み、それで妊娠しなければ次にステップアップするという考え方もあります。

卵巣刺激法・排卵誘発法・アンタゴニスト法の選択ポイント

治療法の選択は、患者の状態や希望によって決定されます。以下のような観点から検討すると良いでしょう。

  1. 年齢と卵巣予備能:年齢が高くAMHが低い場合は、複数の卵を早めに確保できる卵巣刺激法が適しています。一方、若く卵巣予備能が高い場合は排卵誘発法から始めても良いでしょう。
  2. 卵巣過剰刺激症候群のリスク:過去にOHSSを発症したことがある、PCOSや卵巣予備能が高い人は、アンタゴニスト法やマイルド刺激などOHSSリスクの低いプロトコルを選びます。
  3. 通院負担:仕事や家庭の事情で頻繁に通院できない場合は、治療期間の短いアンタゴニスト法やマイルド刺激が向いています。
  4. 費用負担:採卵回数が少なく済む卵巣刺激法は一度の費用は高いものの、妊娠までの総費用は結果的に抑えられるケースもあります。排卵誘発法は費用は低いものの妊娠率は低めで、治療期間が長くなる可能性があります。
  5. 治療目的:自然妊娠を目指すのか、早期に体外受精で結果を得たいのかによって選択が変わります。自然妊娠を希望する場合は排卵誘発法を優先し、体外受精を検討する場合は卵巣刺激法が標準です。

おわりに

卵巣刺激法、排卵誘発法、アンタゴニスト法は、不妊治療における代表的な治療手段です。目的や患者の状況によって最適な方法は異なり、治療法を正しく理解して選択することが大切です。本記事ではそれぞれの方法の特徴やメリット・デメリットを整理しましたが、実際には医師との相談の上で個別の条件に合った治療計画を立てる必要があります。近年は卵巣刺激法でも安全性が高いアンタゴニスト法が主流となりつつあり、患者の身体的・精神的負担を減らしながら妊娠率を高める工夫がなされています。不妊治療は長期戦になることも多いですが、根気強く取り組むことが成功への近道です。

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