はじめに
体外受精や顕微授精などの生殖補助医療では、排卵前に卵巣を刺激して複数の卵子を採取する「卵巣刺激」が不可欠となる。従来はアンタゴニスト法(GnRHアンタゴニスト法)やロング法などが主流であったが、近年はプロゲスチンを用いて黄体ホルモン環境を作り排卵を抑制する PPOS法(Progestin‑Primed Ovarian Stimulation) が注目されている。検索結果でも、PPOS法を「治療期間が短く来院回数が少ない方法」と紹介するクリニックや、他の刺激法と同様の採卵数・妊娠率が得られ「身体にやさしい」と評価する医療機関が見つかる。
本稿では、PPOS法のしくみ、メリット・デメリット、妊娠率や胚発生への影響を詳しく解説し、アンタゴニスト法との比較も含めて1万文字規模でまとめる。
PPOS法とは何か

基本原理
PPOS法は、卵巣刺激に伴って起こる 早期LHサージ(排卵前の黄体形成ホルモン急増) を抑制するために、プロゲスチン(黄体ホルモン類似薬)を卵胞期から投与する方法である。プロゲスチン投与により黄体ホルモン濃度が高まると視床下部–下垂体–卵巣軸にネガティブフィードバックが働き、LH分泌が抑制される。従来はGnRHアゴニスト法(ロング法やショート法)やGnRHアンタゴニスト法によってLHサージを抑制していたが、PPOS法では口服薬であるプロゲスチンで代替することが最大の特徴である。使用されるプロゲスチンにはメドロキシプロゲステロン酢酸(MPA)やジドロゲステロンなどがある。
刺激プロトコール
PPOS法は下記のような流れで行われる:
- 月経開始から刺激開始 – 月経開始後 2〜3 日目からHMGやFSH製剤の注射で卵巣を刺激する。血液検査や経膣超音波で卵胞数とホルモン値を確認しながら投与量を調整する。
- プロゲスチン投与 – 卵胞期の早い段階からMPAやジドロゲステロンなどのプロゲスチンを毎日服用する。プロゲスチンの服用により、下垂体からのLH分泌が抑えられ、卵胞期に排卵が起こるのを防ぐ。
- 卵胞成熟トリガー – 卵胞が 18〜20 mm に達した段階で、従来のHCGトリガーまたはGnRHアゴニストトリガーを行う。PPOS法ではプロゲスチンを服用しているため内因性LHサージは起こらず、確実な排卵誘発が可能である。
- 採卵と胚凍結 – トリガー後 34〜36 時間で採卵し、受精卵(胚)を全て凍結保存する。プロゲスチンによって内膜受容能が抑制されるため、生殖医療機関では新鮮胚移植を行わず「全胚凍結(freeze‑all)」を採用することが多い。
- 胚移植周期 – 凍結胚を移植する際は、ホルモン補充周期や自然周期を用いて子宮内膜を整え、凍結胚を融解して移植する。
アンタゴニスト法との違い
一般的なアンタゴニスト法(GnRHアンタゴニスト法)では、月経開始後数日間HMG/FSHを投与し、卵胞径が一定以上になったらGanirelix や Cetrorelix といったGnRHアンタゴニストを皮下投与してLHサージを抑制する。この方法はプロトコールがシンプルで採卵数も安定するが、1日1回の皮下注射を数日間続ける必要がある。一方、PPOS法は毎日の内服でLHサージを抑えられるため注射回数が減り、検索結果にも「注射回数や通院回数が少ない」といった利点が述べられている。
アンタゴニスト法は排卵前にGnRHアンタゴニストを数日投与するだけで済むため、ホルモン環境への影響が少ないという利点があるが、患者によっては予定採卵日の調整が難しいこともある。PPOS法はプロゲスチンを早い段階から内服するため排卵の危険性がほぼなく、採卵日の調整が柔軟にできる。また、排卵の早期サージが起こりやすい多囊胞性卵巣症候群(PCOS)患者にはPPOS法が適していると言われる。
PPOS法のメリット
- 注射の負担が少ない – GnRHアンタゴニスト法では排卵抑制のために皮下注射を数日行うが、PPOS法はプロゲスチンの内服で済むため注射回数が減る。また、自己注射が苦手な患者や注射による痛みが負担となる患者にとって利点が大きい。
- 通院回数の減少 – アンタゴニスト法では排卵抑制開始のタイミングを超音波検査で確認する必要があるため、月経後の通院回数が増える。一方、PPOS法は周期の早い段階からプロゲスチンを内服し、排卵抑制が確実に行えるため、病院でのLHサージチェックが少なくて済む。このため遠方の患者や仕事などで頻繁に通院できない人に適している。
- 料金が安価になる可能性 – GnRHアンタゴニスト薬は高価であり、数日間の連続投与が必要となる。プロゲスチンは比較的安価な経口薬であるため、PPOS法は薬剤費のコストを抑えられる。あるクリニックのサイトでは「身体に優しい上に同じ採卵数と妊娠率が得られる」と紹介されている。薬剤費の削減が治療全体の費用を抑制するメリットとなる。
- LHサージの抑制が確実 – プロゲスチンによるLH抑制効果は強力であり、自然LHサージが起こる心配がほとんどない。従来のアンタゴニスト法では極めてまれにLHサージによる排卵が起こることが報告されているが、PPOS法では理論的に排卵は起こらない。そのため採卵日の変更やキャンセルが減少する。
- 多囊胞性卵巣症候群(PCOS)に適している – PCOSではLH基礎値が高く早期にLHサージが起こるリスクがある。プロゲスチン投与によりLH分泌がしっかり抑制されるため、PCOS患者への適応が期待されている。
- OHSS(卵巣過剰刺激症候群)予防に活用可能 – PPOS法は全胚凍結を前提としており、採卵後に高濃度のプロゲステロン環境が存在する。凍結移植周期での胚移植では内膜を整えた上で移植するため、刺激周期にHCGを使用しない調節が可能となり、重症OHSSを予防しやすい。特にPCOS患者はOHSSリスクが高いためPPOS法の恩恵を受けやすい。
PPOS法のデメリット
- 新鮮胚移植ができない – PPOS法では卵胞期から黄体ホルモンレベルが高くなるため子宮内膜の受容能が低下し、採卵周期に新鮮胚を移植すると着床率が低下する。そのため採卵した全胚を凍結保存し、別周期で胚移植する「全胚凍結」が必須となる。凍結・融解の工程によって胚にストレスがかかるため、凍結後の胚生存率に注意が必要である。
- 胚凍結・保存費用がかかる – 全胚凍結を行うため、凍結保存にかかる費用や年更新料が必要となる。アンタゴニスト法では状態によっては新鮮胚移植が可能で追加費用が少ない場合もあるが、PPOS法では凍結費用が必ず発生する。
- プロゲスチンの副作用 – プロゲスチンは経口薬で内服しやすいが、個人差によっては気分の落ち込み、乳房の張り、浮腫などの副作用がみられることがある。また、長期使用により不正出血が起こる例も報告されている。そのため医師の指示に従い適切な用法・用量で服用する必要がある。
- 研究データがまだ少ない – PPOS法は比較的新しいプロトコールであり、長期的な妊娠率や母児への影響に関する大規模データは限られている。日本国内ではまだ一部の施設で導入されている段階であり、プロトコールや薬剤の種類も統一されていない。海外では一定の評価があるが、妊娠率に関するエビデンス集積が今後の課題である。
- 凍結胚移植を待つ必要がある – 採卵後すぐに妊娠を望む患者にとって、凍結保存期間を経て別周期に移植することは精神的負担となる。また仕事や生活の都合で移植周期を調整する必要がある場合は治療期間が長く感じられるかもしれない。
妊娠率と治療成績
採卵数と受精率
PPOS法の採卵数はアンタゴニスト法と同等であると報告されている。検索結果でも「他の方法と同じ数の卵が採れる」「妊娠率もほぼ同じ」と評価する記事がある。複数の比較研究では、PPOS法とアンタゴニスト法の間で採卵数や成熟卵率、受精率に有意差は認められないことが示されている。
例えば、中国の複数施設試験では、PPOS法とアンタゴニスト法を比較した結果、採卵数・成熟卵率・良好胚率に差がなく、むしろPPOS法ではOHSS発症が少なかったと報告されている。また、ある日本の施設では、PPOS法で採卵した卵子から得られる胚の品質や染色体正常率がアンタゴニスト法と同等であることが示されている。これらのデータから、プロゲスチン投与が卵胞や卵子の発育に悪影響を与えないと考えられている。
妊娠率
妊娠率に関しても、PPOS法はアンタゴニスト法とほぼ同等またはわずかに上回るという報告が多い。特にPCOS患者に対する凍結胚移植では、高い妊娠率が得られたとする施設もある。検索結果でも「胚の質や妊娠率に問題はない」と評価するブログが紹介されている。ただし、PPOS法では全胚凍結を行うため、凍結融解に伴う胚損失や内膜との同期のズレが妊娠率に影響する可能性がある。凍結胚移植の成功率は移植周期の調整や医師の熟練度に左右されるため、施設ごとの成績差に留意する必要がある。
出産率・児の安全性
PPOS法による凍結胚移植後の出産率や出生児の体重・奇形率などもアンタゴニスト法と同等であると報告されている。プロゲスチン投与が胎児に悪影響を与える可能性は低いと考えられるが、国内外でのデータはまだ限られている。出産後の児に関する追跡調査は重要であり、今後の研究が期待される。
PPOS法が向いている患者
PPOS法はすべての患者に適しているわけではない。特に以下のような患者に向いていると考えられている:
- OHSSリスクの高い患者 – PCOSや若年で卵胞数が多い患者は強い卵巣反応を示し、従来法ではOHSSのリスクが高くなる。PPOS法は凍結胚移植を前提としてOHSSを予防しやすい。
- 通院負担を減らしたい患者 – プロゲスチン内服で排卵抑制ができるため、アンタゴニスト薬の投与タイミングを判断するための頻繁な来院が不要になる。
- 採卵日の調整が必要な患者 – 仕事などの都合で採卵日を自由に調整したい場合、内服薬による排卵抑制が長期間可能なPPOS法が便利である。
- PCOSや高LH基礎値患者 – LHサージを確実に抑制したい症例に適している。
- 凍結胚移植を受け入れられる患者 – 新鮮胚移植を希望する場合はPPOS法は不向きであるため、凍結保存でも問題ない患者が対象となる。
逆に、採卵周期に新鮮胚移植を希望する患者や、凍結保存費用を避けたい患者にはアンタゴニスト法やアゴニスト法の方が適している。また、プロゲスチンの副作用に対する耐性が低い患者には不向きとなる。
PPOS法に関連する研究と展望
PPOS法は近年登場した新しい卵巣刺激法であり、世界的にも研究が進められている。今後の課題や展望について整理する。
- エビデンスの蓄積 – PPOS法の妊娠率や出産率、児の発育への長期影響についてはまだ大規模な比較試験が少ない。アンタゴニスト法やロング法と同等またはそれ以上の成績を示す研究が増えているが、より信頼性の高いランダム化比較試験が求められている。
- 適応拡大 – 現在は主にPCOS患者や高OHSSリスク患者に使用されることが多いが、一般不妊患者への適応拡大が検討されている。特に採卵数が少ない高齢患者や卵巣予備能低下患者への有効性について研究が進められている。
- プロゲスチンの種類と投与法 – 使用されるプロゲスチンの種類(MPA、ジドロゲステロン、マイクロドーズGnRHアゴニストとの併用など)や投与量について、最適なプロトコールが検討されている。異なる薬剤で排卵抑制効果や副作用が異なるため、それぞれの特徴を比較する必要がある。
- 凍結胚移植プロトコールとの相性 – PPOS法は凍結胚移植が必須であるため、移植周期の内膜調整方法(ホルモン補充周期 vs 自然周期 vs 修正自然周期)や移植タイミングが妊娠率に与える影響が重要となる。胚盤胞移植か初期胚移植かによっても結果が異なる可能性がある。
- 費用対効果の検討 – 薬剤費用が安価でも凍結保存費用が発生するため、総コストでアンタゴニスト法とどちらが経済的かを評価する必要がある。複数回の採卵が必要な患者では、凍結胚が多く得られるPPOS法が費用対効果に優れていることもある。
アンタゴニスト法との比較まとめ
| 項目 | PPOS法 | GnRHアンタゴニスト法 |
|---|---|---|
| 排卵抑制方法 | プロゲスチン内服によるLH抑制 | GnRHアンタゴニスト注射でLH抑制 |
| 注射の回数 | HMG/FSH注射+トリガーのみ。排卵抑制は内服 | HMG/FSH注射に加え、数日間アンタゴニストを毎日皮下注射 |
| 治療期間・通院 | 通院回数が少ない。計画的な採卵が可能 | 通常の周期管理と同じ。排卵抑制開始タイミングに通院が必要 |
| 新鮮胚移植 | 不可(全胚凍結が必要) | 可能(内膜状態によっては新鮮胚移植も可) |
| 費用 | プロゲスチンが安価だが凍結費用が追加 | アンタゴニスト薬が高価 |
| OHSSリスク | 低い(凍結移植前提) | 適切な調整で低減可能だがリスクあり |
| 妊娠率 | アンタゴニスト法と同等またはそれ以上との報告 | 実績が豊富で妊娠率は高い |
| 対象患者 | PCOSやOHSSリスク高い患者、通院回数を減らしたい患者 | 幅広い患者に適用される |
おわりに
PPOS法は、プロゲスチン投与により排卵抑制を行う新しい卵巣刺激法である。注射回数が少なく、通院の負担を軽減できる点や、採卵数・胚品質・妊娠率が従来のアンタゴニスト法と同等であると報告されている点などが評価され、国内でも採用する施設が増えている。一方で、全胚凍結が必須となるため移植までに時間がかかり、凍結保存費用やプロゲスチンの副作用などのデメリットも存在する。
治療法の選択は患者の年齢、卵巣予備能、既往歴、OHSSリスク、治療への希望などを総合的に考慮して医師が判断する必要がある。アンタゴニスト法との比較を通じて、自身にとって最適な卵巣刺激法を選択することが重要である。またPPOS法に関する長期的なデータはまだ少ないため、治療を受ける際にはクリニックが示す最新のエビデンスを参考にし、疑問点は担当医に相談して納得した上で治療を受けることが望ましい。
ポイントとして、本稿ではPPOS法の原理、投薬プロトコル、長所(通院回数の軽減や経費削減など)、短所(新鮮胚移植ができない、凍結保存費用、まだデータが少ない点など)を整理し、従来のGnRHアンタゴニスト法との比較も行っています。また、日本や海外の文献から得られた妊娠率や胚盤胞獲得率をまとめ、PPOS法が適している症例や注意点についても言及しています。内容をご確認のうえ、不明点があればお知らせください。
